神社とお寺、神道と仏教の違い
「神社とお寺」、「神道と仏教」、どちらも日本に親しまれている宗教で、歴史的にも深い関わりがあります。
神社仏閣巡りはパワースポット巡りとして人気がありますが、信仰を深め、ご利益やパワーを授かろうとする目的で行われます。
「何となく有名だから参拝してみた」という人もいることでしょう。
ちなみに「神社仏閣」とは、神社とお寺の総称です。神社は神道の、仏閣は仏教の宗教上の儀式を司る施設を指します。
神社仏閣と似た言葉に「寺社」がありますが、寺社は神社と寺院を意味するため、「神社仏閣」の方が言葉としては適切です。
また、神社仏閣に参詣する行為を「参詣」といい、神社仏閣を巡拝する旅を「巡礼」といいます。
さて、そんな神社とお寺、違いをしっていれば、さらに参拝の心得が変わります。
神社仏閣にはそれぞれ歴史や由来、日本の歴史や文化があります。
順に見ていきましょう。
神社とは
日本固有の宗教である神道に基づいて「神々を祀る」祭祀施設(さいししせつ)です。 日本固有の宗教である神道の神々だけでなく、先人や天皇の祖神、怨霊といった非常に多彩な神々が祀られています。 神社は日本全国にあり、街中の鳥居や田んぼの中の森、山の頂、海沿いなど、さまざまな場所に存在します。 神社の境内は、神様と参拝する人々を結ぶひとつの世界です。
お寺とは
仏教の教えに基づいて建てられた宗教施設で、仏像や曼荼羅(まんだら)を祀り、僧侶や尼さんが住み修行を行う場所です。 「仏教の教えを民衆に広める場」、「僧侶が修行し、教義を学ぶ場」、「お墓参りや葬儀の場」などの役割があります。 見た目の違いは、「お寺」は仏像やお墓のあるところで、神社は「鳥居」があります。
神道と仏教の違い

「神道」とは、日本人の暮らしの中から生まれた神々への信仰で、「日本固有の民族宗教」です。 自然の力を神々の働きとして捉え、神を敬い、祖先を尊ぶことを基本的な考え方としています。 特定の教祖や教えを持たない民族宗教であり、神社でのお祭りや神事が執り行われます。 神道では、自然の恵みを享受すると共に、その脅威を受け入れることで、私たちはこの世界との調和を維持することができると考えられています。 つまり、「神道」の主たる目的は「自然との調和、祖先への感謝を大切する」です。

一方、「仏教」とは、キリスト教、イスラム教、仏教の世界三大宗教のひとつであり、世界的に信者数が多く広がっています。
釈迦を開祖とし、経典(きょうてん)に基づいた明確な教義を持つ宗教であり、お寺での法要や読経、瞑想(めいそう)などが行われます。
仏教の教えでは、人生は苦しみであり、煩悩(ぼんのう ※心身にまといつき心をかきみだす、一切の妄念・欲望。)を消して悟りを開くことで解脱(げだつ)して涅槃(ねはん)に到達すると説かれています。
つまり、「仏教」の主たる目的は「苦しみや煩悩からの解脱を目指す」です。
神道と仏教は、明治政府が1868年(明治元年)に制定した「神仏分離令(しんぶつぶんりれい)」により、神道と仏教は法律上、別の宗教として分けられました。
この法令は、神道国教化の一環として、天皇の神権的権威の確立を目的としていました。
神社とお寺、参拝方法の違い
「神社」は、お賽銭を奉納した後、二回礼をし、手を叩いて再度礼をする「二礼二拍手一礼」が基本です。
二礼二拍手一礼の起源は明治時代で、宮内省式部寮が発行した「神社祭式」に「再拝拍手」と記されていたのが始まりと言われています。
二礼二拍手一礼の作法には次の様な意味があります。
まず「二礼」、神様への敬意と感謝を表すために、腰を90度曲げて深くお辞儀をします。
次に「二拍手」、神様を招いたり邪気を払ったりする意味があり、胸の高さで両手を合わせて右手を少しずらして拍手をします。
最後に「一礼」、感謝の気持ちを込めて、深くお辞儀をします。
「お寺」は、お賽銭を奉納した後、胸の前で両手を合わせて「合掌」します。拍手を打たないのが作法です。
仏教においては、仏様と人間が一体となり成仏を願う気持ちを表しています。
神社とお寺、建築の違い
日本の伝統建築である「社寺建築」。文字通り「神社」と「寺院」の建築様式の総称ですが、
共に日本で進化した独特の様式美を持ちながら似て非なる、それぞれの美しさ・特長を持ちます。
「神社」は、ご神体をお祀りしている建物を「本殿」といいます。 神社は建物全般、屋根以外は原則的に日本人の「木」信仰の現れで「木」だけで建てられているのが特徴です。
「お寺」は、本尊の仏像を安置する建物を「金堂・本堂」といいます。木材以外の建材も用いられています。
神社は原則として切妻造(きりづまづくり ※屋根の頂上から2つの傾斜面が地面に向かって伸びる屋根)に対し、
寺院の主要な建築が寄棟造(よせむねづくり ※屋根の最頂部から4方向に傾斜した屋根の形式)あるいは入母屋造(いりもやづくり ※屋根の上部が切妻屋根、下部が寄棟屋根のような屋根形状の建物)です。
また、神社の本殿は、多くの場合、高い板敷きの床が特徴ですが、古代の寺院建築は土間床(どまゆか ※地面とほぼ同じ高さの床)となっています。
神社の道には、鳥居や参道、手水舎の他に、太鼓橋(たいこばし)、反橋(そりはし)、禊橋(みそぎばし)など、その形状や名前によってさまざまな種類の橋があります。
鳥居とは
「鳥居」とは、神社の入り口に建つ門で、神域と俗界の境界を示す建造物です。
神社の神聖さを象徴するシンボルとして知られています。
鳥居の由来には諸説ありますが、「鶏の止まり木」を意味する「鶏居」であるという説が有力です。
これは「古事記」の「天岩戸伝承」で、天照大神(あまてらすおおみかみ)を天岩戸から誘い出すために鳴かせた「常世の長鳴鳥」(鶏)にちなみ、
『神前に鶏の止まり木を置いた』ことに始まるとする説です。
鳥居が赤色(朱色)なのは、神域を守る魔除けや、神様のお力を高める役割りがあります。
鳥居のくぐり方は、鳥居の前で立ち止まり、一礼する(十五度の礼)した後、くぐるようにしましょう。
鳥居の左側の場合は「左足から」、鳥居の右側の場合は「右足から」が基本です。
帰るときの鳥居のくぐり方は、一旦鳥居をくぐり抜けて神社の方向に身体を向け、一礼する(十五度の礼)をして帰りましょう。
参道とは
「参道」とは、神社や寺院に参詣(さんけい)するため設けられた道です。 玉砂利を敷き詰めたり、石畳としていることが多く、お詣りの導線となっています。 参道を歩く際は、神様の通る道とされる「正中(せいちゅう)」を避けて、左右どちらかの端を歩くのが礼儀です。 どちら側を歩いても問題ありません。 やむを得ず参道の中央を横切らなくてはいけないときは、横切りながら会釈をしましょう。
手水舎とは
「手水舎(てみずしゃ)」とは、神社やお寺で参拝する前に手と口を清める場所です。
手水舎では、柄杓(ひしゃく)で水をすくって身を清めます。手水には決められた作法があり、左手から清めるのが一般的です。
手水舎の起源は神道に由来し、聖域を訪れる際に周辺の河川の水や湧き水で身を清めていたことに始まります。
時代が変化するにつれ、河川の水質が汚染されたことから、手水舎が併設されるようになりました。
お賽銭の金額はいくら
神社のお賽銭の金額に決まりはありません。神様への感謝の気持ちを込めて、無理のない範囲で捧げましょう。
●縁起が良いとされる金額
5円(ご縁)
10円(重ね重ねのご縁)
11円(いいご縁)
15円(十分なご縁)
20円(二重の縁)
25円(二重のご縁)
41円(始終いい縁)
45円(始終ご縁)
115円(いいご縁)
125円(じゅうにぶんなご縁)
神社とお寺の共存
神社とお寺は、神仏習合(しんぶつしゅうごう)という信仰体系によって共存していました。神仏習合とは、日本古来の神道と外来の仏教が融合した信仰で、1,000年以上にわたって日本人に広く浸透していました。
明治時代初頭に神仏分離令が発令され、神仏習合の考え方は否定されました。しかし、現在でも多くの日本人が仏教と神道の両方を信仰し、お寺と神社の両方に足を運んでいる方も多いですね。
神社の境内にある寺院を「神宮寺(じんぐうじ)」と言います。
神宮寺は、奈良時代から平安時代にかけて各地に建立されました。
また、特定の土地や建造物を守護する神である鎮守神を祀った神社を「鎮守の社(ちんじゅのやしろ)」と言い、
鎮守の社で、神社を囲むように森林があれば「鎮守の森(ちんじゅのもり)」と言います。
一方、仏教寺院の敷地内に祀られている守護神を祀る神社を「鎮守堂(ちんじゅどう)」と言います。
「鎮守(ちんじゅ)」とは、土地や施設を霊的な疫災から守護する神を意味し、鎮主とも書きます。鎮守神は、もともと仏教寺院の守護神として勧請されました。
鎮守社は守護神を祀る神社、鎮守堂は仏教寺院の敷地内にある神社を指します。
神仏習合
日本には古(いにしえ)の時代から、自然界の全てのものには神が宿ると信じ、清浄な山や岩、木や滝などの自然物を神宿るものとして祀りました。
それは「アニミズム」と呼ばれ、世界各地の民族の宗教や風習に見られます。
日本における神社の起源は、神が降りるとされた「磐座(いわくら)」や、神が棲むと言われる「神体山」などの場所で、神事の際に臨時に建てられた「神籬(ひもろぎ)」などの祭壇です。
一方で、西の国インドから朝鮮半島を経由して仏教が日本に伝来します。
仏教はインドの釈迦を開祖として説かれた教えで、修行し悟りをひらいた者は仏になるという教えです。
そんな二つの思想が重なります。
もともと多数の神様がおられる神道は、仏教を受け入れ、神社の境内などに神宮寺が建てられるようになりました。
神仏習合(しんぶつしゅうごう)とは、日本固有の神道と仏教を融合させた信仰形態であり、神仏混淆(しんぶつこんこう)とも呼ばれます。
それは、6世紀後半から7世紀にかけて仏教が日本に伝来した後に始まりました。
奈良時代には神社に神宮寺が建てられ、平安時代後期には本地垂迹説(ほんじすいじゃくせつ)が盛んになり、神と仏を同一視する思想が発展しました。
神仏習合の発祥地の一つとして大分県宇佐市にある「宇佐神宮(うさじんぐう)」がありますが、
全国の八幡宮の総本宮である宇佐神宮(宇佐神宮 公式サイト)では、八幡信仰が全国に広まるにつれ、神仏習合の手本となったと知られています。
神職と僧侶の両方によって宗教儀式が行われています。
神仏分離
神仏分離(しんぶつぶんり)とは道と仏教を明確に区別し、神仏習合の慣習を禁止する政策です。
明治政府が1868年に発令した神仏分離令に基づいて行われた、神道と仏教を分離させる宗教政策であり、
神仏習合の慣習を禁止し、神道国教化を推進することを目的としていました。
神仏分離の理由としては、
「仏教が伝わる前の日本を取り戻す」ことで、それにおいて、
「王政復古(おうせいふっこ)」「祭政一致(さいせいいっち)」の理想を実現するためです。
「王政復古」とは、武家政治や共和制などの政治体制が君主制に戻ることです。日本では、明治維新の際に倒幕派によって行われた政権の朝廷への返還を指します。
「祭政一致」とは、祭祀(さいし)と政治とが一元化、一体化していること。 祭政一致の祭は、「まつり」であり宗教を意味すます。
神仏分離は、寺院の住職が神社の運営権を所持していたため、政府はそれを奪うためとも言われています。
この令により、神社と寺院は分離され、神社に奉仕していた僧侶には還俗が命じられるとともに、
神道の神に仏具を供えることや、「御神体」を仏像とすることも禁じられました。
参拝とは
神社への参拝の目的は、神様に感謝を捧げることと、願い事を叶えることです。
神社で、もっとも大切なのは神様への感謝を伝えることです。
「自分のための願掛け」だけでなく、まずはじめに、神様に見守って頂き、日々平穏に過ごせていることに感謝しましょう。
その後、お願い事をしてみましょう。
ただし、特別なご祈願をする場合は、神社に申込みをする必要があります。
願掛けの種類
厄除け、開運招福、商売繁盛、安産祈願、交通安全、試験合格、子宝恵受、良縁吉祥、家内安全、 心願成就などが有名です。
お寺の参拝では、「死後の極楽浄土または、現世での幸福」を願います。
祀られている仏様によって現世か死後かに分かれています。寺院で願うというのは、「願う」というよりも、
自分自身で自分の環境や生活をより良いものにしていくという「誓い」を立てる、という意味での願いです。
どちらも我々日本人にとっては大切な存在です。
初詣や参拝の際にはどちらに行っても構いません。
神社とお寺は、お祀りされているご本尊様が「神様」と「仏様」になりますので、「神様と仏様が喧嘩する」、「失礼にあたる」といわれる方もいますが、
そんな小さなことで喧嘩することはありません。気にせず参拝してみてください。